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銀星糖

こちらは、キタユメ。様で連載中の「AXIS POWERS ヘタリア」のファンサイトです。二次創作を取り扱っておりますので苦手な方はご注意ください。


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過ぎ行く八月 (米と日)


君と、夏休み




 

 


夏の日差しの中、田舎道にアメリカは立っていた。舗装されていない白茶けた道だ。連なる山々には濃く密な緑、絡みつくような熱い、湿った空気が満ちている。



背の高い、独特な形の石造りのゲートの向こうに、花畑が広がっていた。なんという名だろうか、黄色の可憐な野趣を帯びた、いかにも夏らしい花が一面に咲いている。
その中央には小柄な人影があった。涼しげな白と紬の着流しを着て、こちらに背を向けて立っているその人に向かい、アメリカは声を張り上げた。



「おーい、にほーーん!!」



よく通る声に振り返った、否。振り返ろうとした日本の体が、不自然に傾いだ。腹部を押さえた日本が膝をつく。細く白い指の隙間から、赤い血が細い帯のように幾筋も溢れていた。
立ち上る硝煙の匂いが鼻をつく。いつのまにか自分の手には黒く重い銃が握られている。その銃口からは白灰色の煙が吐き出されていた。



(な……なんで…………?!)



慌てて手放そうとするが、手のひらはグリップにぴったりと吸い付いて離れない。腕を振っても、指を抉じ開けようとしても、右手は岩のように固まったまま決して銃を放そうとしない。



「くそっ……離れろ、離れろよ!」



アメリカは右手を何度も何度も地面に叩きつけた。道に転がった小石の破片が突き刺さって皮膚が破れても、まるで痛みを感じない。骨に響く衝撃もどこか遠く、指が真っ白になるほど強く握り締めている鉄の塊の重さだけがリアルだ。



ふと、頭上に影が差す。振り仰げばそこには、腹から血を流しながらも地面を踏みしめて立っている日本がいた。足元にできた血溜まりは砂利に染みながらも大きく広がり、アメリカの膝までも浸していく。



「に、にほ…………」



零れた声は、凶暴な光に遮られた。頭上に振りかぶられた日本刀は陽を受けて白く、アメリカの胸はその煌きを受け止めてたちまちのうちに紅く染まる。それでも、痛みはなかった。
両腕の感覚が遠くなる。浮き上がる銃に引きずられるように、右腕が持ち上がっていく。ついで左腕が、銃を握る右手をそっと支える。
麻酔がかかったように痺れて意志が及ばない両腕は、アメリカを急き立てるように小刻みに震える。はやく、はやく、はやく、はやく、はやく、撃ち殺せ!!



「や、嫌だ……っ」



引き金にかかる指の関節が曲がる。乾いた破裂音とともに、硝煙が舞った。肩の辺りから血の雫を散らして日本が倒れこむ。その名前を呼ぼうとした喉は、ひきつった音を漏らしただけだった。



『どうした、アメリカ。何を躊躇う? 殺せばいいじゃないか。お前はいつも、そうやって生きてきたんだ。そして、これからもそうしていくんだ。正義のために』



いつのまにか背後に音もなく寄り添った男が、耳元で囁く。真っ白な絹の手袋に包まれた指先が、意に反して日本に銃を向ける両腕を撫でる。躾の行き届いた犬を誉めるかのように。



『お前はいつでも、“私たち”のために働いてくれる。そうだな?』



さぁ撃ちなさい。
命ずる優しい声から逃れたくて、アメリカはきつく目を閉じる。真っ暗になった世界で、また銃声が響いた。

  



  * * * * * 





「………………リカ、アメリカ!! 起きろバカ!!」



「っん------?!!」



突然身体を揺さぶられて、アメリカは慌てて飛び起きる。
見回すとそこは畳敷きの一室で、左手には卓袱台、その向こうにはテレビがある。雨のような油蝉の声がする。日本の家だった。



「ゆめ、か…………」



「何うなされてたんだよ、バカ」



額に汗の粒を浮かべたイギリスが、口調とは真反対の顔で覗き込んでくる。アメリカは背中から力を抜いて、畳にまた寝転がった。二つ折りにした座布団を枕代わりにして天井を見上げる。杉板の竿縁天井には人の目のような木目があって、気味が悪くなって視線を逸らした。



「扇風機、こっちに向けてくれないかい? きっと暑さのせいだよ」



顔だけ向けて頼むと、イギリスは黙って注文通りにしてくれた。いつもなら行儀が悪いとか横柄だとかの文句が出てくるはずなのに、なんだか調子が狂う。
こめかみを汗の滴が伝って、アメリカはそれを肩口の袖で拭った。額にはりつく前髪を手でかきあげる。あぁ、なんだ、ちゃんと動くじゃないか。



「ねぇイギリス、日本は---------」



その先が口にできず詰まるのを、しかしイギリスが訝しむようなことはなかった。



「日本なら買い物に行ったぞ。卵とアイスが切れたとかで」



「そうかい」



起き上がって、部屋の隅のデイパックを掴む。縁側に出ると真っ白な日差しが目に飛び込んできた。平らな石の上に脱ぎ散らかしたスニーカーが白く滲む。



「おい、どっか行くのか?」



「うん。用事ができたんだ。夕食までには戻るから」



スニーカーに足を突っ込んで、陽炎が揺れる裏庭を走り抜けた。背の低い竹垣を飛び越えると、その向こうの空き地にYナンバーのジープが停めてある。駆け寄ってドアを開ける。車内に籠もっていた熱気がどろりと零れた。



「アメリカさん! どこかへお出かけですかー?!」



振り返れば、向こうの交差点からクーラーボックスを提げた日本が手を振っている。



「もうすぐおやつの時間ですよー!」



「残しといてー! 夕食までには戻るからー!」



手を振り返して、エンジンを掛ける。豪快な声を一つ上げて、カーキ色の車体が動き始めた。
日本が小走りでこちらに近づいてくる。アメリカが窓を開けると、日本は窓に手をかけてのぞきこむように身を寄せてきた。思いのほか近づいた顔に、心臓が跳ねる。



「夕食までって、どこまで行くんです?」



「基地に用事ができたんだ」



「そうですか……、夕食までには帰ってこられるんですね?」



「大丈夫だぞ! 今日は夏野菜カレーに冷しゃぶサラダなんだろう? それにまだ一緒にバーベキューしてないし、流しそうめんもしてないし、寿司も食べたいしそれから……」



「あなた、何日泊まっていくつもりなんですか?」



「いいじゃないか、せっかくの夏休みなんだから」



しかたない人ですね、と苦笑して、日本が車から離れる。そんな彼に手を振って、アメリカはアクセルを踏んだ。ハンドルを切って空き地から道路へ出ると、蝉の鳴き声が耳を突いた。



助手席のデイパックを撫でる。薄い布地の向こうに重く硬い感触がある。



この中に詰まった銃と弾を基地に預けたら、残りの夏いっぱいを日本の家で過ごそう。そして彼の側にいる間は、せめて。





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悪夢にうなされるメリカが書きたくて始めた話でした。
何ヶ月ねかせとくんだよ、ってくらい前から書き始めてたのがやっと完成いたしました。別に八月だからメリカいじめをしたわけではありません。あしからず。



『夏至南風』のようなどろどろした寝苦しくなりそうな感触の話を書きたかったはずなのにな。いずれまた再挑戦したいです。




 

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