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銀星糖

こちらは、キタユメ。様で連載中の「AXIS POWERS ヘタリア」のファンサイトです。二次創作を取り扱っておりますので苦手な方はご注意ください。


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客至

さくらさくら


 

 





もうずいぶんと背の高くなったフキノトウが、薄緑の頭を川縁に揺らしていた。
春の小川はさらさらと、ぬるんだ水をたたえている。どこからかやってきた桜の花びらが、葦の一本にとまった小鳥の羽根をかすめて着水した。橋の袂から水をのぞくと、陽光が波打つ上を、花筏が漂い流れていく。川向こうには、枝から若葉をのぞかせた柳が、ゆらゆらと風にそよいでいた。

 

中国は薄桃色の化粧をほどこした小道を進み、日本の家の門前までたどり着いた。閂が外され、隙間が開いている門扉を押す。
庭のあちこちに枝振りも見事な桜が、今が盛りと咲き誇っていた。山桜も里桜も取り揃い、その美を競っている。
春の庭を歩いてゆくと、池のほとりの開けた場所に、藺草の敷物が用意してあった。まだ誰もいない宴席の上に覆いかぶさるように、ソメイヨシノが枝を伸ばしている。ひとつ、ふたつと降る花が中国の視界を過ぎり、茣蓙に落ちた。思わず誘われて伸ばした指先に、薄絹のような手触り。萼を離れて宙を舞った花弁が指をかすめていった。

 

「おや、お早いお着きでしたね、中国さん」

 

掛けられた声に振り向く。飛び石をつたって、日本がこちらへやってくるのが目に入った。小脇に取り皿や箸の入った籠を持ち、片手には重そうな四角い風呂敷を提げている。

 

「タクシー使ったある。空港から電車に乗る、疲れるよ」

 

「混みますからね、あの路線は……」



重箱と籠を茣蓙の上に置いて、日本は中国を差し招いた。



「お酒と盃を持ってきますから、少し待っていてください。お酒はどうしましょう、燗を?」



「日本酒は冷やのほうが好きある」



靴を脱いで敷物に上がると、端に積んである座布団を一枚取る。桜の枝が頭を擦らないよう注意しながら、中国は低反発の円座に腰を下ろした。
まだ冷たさの残る風がさっと吹き過ぎ、花の匂いをふりまく。日本が置いた風呂敷包みを開ければ、中は漆塗りの重箱だった。蓋を取ると、色どりも鮮やかな花見弁当が現れる。
さっそく籠から漆の箸を取って、中国はまず卵焼きを頬張った。



「あっ、こら。韓国さんが来る前に全部食べないでくださいよ?」



「早く酒持ってこないと全部なくなるあるよー。そしたら韓国とお前は便利店の弁当を買って食うことになるあるなぁ」



「もう、中国さんのお馬鹿!」



草履を鳴らしながら母屋のほうへ走っていく日本の後姿を見送り、中国は空豆の塩茹でを口に放り込む。重箱の下の段には筍飯のおにぎりに手まり寿司、筍と蕗の土佐煮、土筆
の佃煮、味噌田楽にほうれん草のおひたし。その下の段にはエビチリやシュウマイ、豚肉とニラのキムチ炒めなどが詰められている。エビチリとシュウマイは酒が来るまで取っておこうと、中国の箸は寿司に伸びた。

 





* * * * * * *








電車の遅れをこんなに呪ったことはない。
韓国がすきっ腹を抱えて門をくぐったころには、すでに茣蓙には大量の徳利が林立していた。重箱はすでに三分の二が空になり、宴席の二人はかなり酒精が回っている。それでも傍らの紙皿には寿司やらおかずやら、少量ずつ彩りよく取り分けてあるのがこの二人らしい。その向こうには卓上コンロに鍋が掛けられて、だしの匂いがあたりに広がっている。中身はどうやらおでんのようだ。
日本は何やらケタケタと笑いながら、韓国さんいらっしゃい、と手招きした。
中国はともかく、日本がこんなに酒に酔うのは珍しい。彼はそう強くはないため、いつもは酒量を抑えがちだ。



「日本がそんな笑ってるの気持ち悪いんだぜ。飲みすぎなんだぜ」



「気持ち悪いとはなんですか、これだから貴方って人は」



文句を言いながらも、日本はすかさずおしぼりを渡してくれる。酔ってはいても流石のおもてなし精神だ。



「お前けっこう遅かたあるなぁ。寄り道でもしてたあるか」



盃を傾け傾け、中国は茶色の円座を足でこちらへ押してよこしてくれた。さっそく座って足を投げ出すと、疲れたふくらはぎがようやく楽になった。



「電車が遅れてたんですよ、満員すぎて潰されるかと思ったんだぜ。寄り道なんてしませんよ子どもじゃあるまいし」



ぶーたれながら割り箸を割る。キムチ炒めは冷めていたけれど、ニラの匂いが食欲をそそった。筍飯のおにぎりも口に放り込む。噛むのももどかしく飲み込めば、空っぽの胃が喜びの悲鳴をあげた。
ほうれん草のおひたしには、桜の花弁がひとつふたつとくっついている。春の匂いだ。



箸と口をせわしく動かしながら、韓国は庭の花をぐるりと見渡した。ひときわ大きく枝を広げた木に、鶯が一羽、花に隠れるようにしてとまっている。ひと声鳴いてくれないものかと、しばし見つめたが、鳥も桜にみとれているのか、口を開く様子もなかった。
この花が咲くと気もそぞろになるところは、鳥も人も同じらしい。国中がこうなのだから、うっかり日本が酒を過ごすのも仕方ないのだろう。



花を見上げてため息をつき、盃を嘗める。また見上げてはしばし眺め、盃を空ける。それを繰り返して日本の頬はまた少しずつ赤くなっていく。その頬を撫でるように風が吹き、桜の花びらが散り始める。



「飲みすぎなんだぜ、顔もう真っ赤なんだぜ日本」



盃と徳利を取り上げて烏龍茶を持たせると、韓国は残りの酒をぐいっと呷った。温燗だ。少し辛口で美味い。土筆の佃煮に合いそうだ。
酒を引っさらった韓国にうらめしげな視線を向けて、日本は言う。



「一片花飛減卻春 風飄萬點正愁人 且看欲盡花經眼 莫厭傷多酒入唇」



ひとひらの花が飛んでも春は色あせるのに、風は無数の花びらを散らして、ほんとうに人を悲しませる。まあ眺めようか、散り尽きようとする花が目の前を過ぎゆくのを。呑み過ぎだなどと気にしてくれなさるな。



おでんを深皿によそっていた中国が笑い声をあげる。黒髪にてんてんと花をまとった兄は、「細推物理須行樂」と付け加えた。細かに万物の栄枯盛衰の根本原理を推し量れば、出かけて遊び楽しまなければならない、と。



韓国もおでんをつついて、また桜を見上げた。西の空へ渡っていく日を薄桃色の靄ごしに見はるかす。薄味の大根の温かさが、体の中から染みとおる。



「杜甫ならもっと他の詩のほうが好きなんだぜ。此身醒復酔、乗興即為家……」



酔いから覚めて、また酔う。気に入ったらそこをねぐらにすればいい。



詩句を諳んじてみせると、二人はさも意外そうな顔を見合わせた。兄貴も日本も失礼なんだぜ、これでもちゃんと勉強はしてるんだぜ。漢字はあんまり得意じゃないけど。
膨れた韓国の頬を見て、日本がまた笑い声を立てる。中国もはじけるように笑い、それにつられるように、いつのまにか韓国も笑っていた。



春爛漫の庭は、ゆっくりと夕暮れの赤を滲ませ、花の雲も水紅色へ変わってゆく。一番星が光るころまで、宴は続く。花の宿から顔をのぞかせた鶯が、ホー、ホケキョ、と一声鳴いた。世は、春である。

 





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早く桜の季節が来ますように




 

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