シューベルトの歌曲　『糸を紡ぐグレートヒェン』より

 

自覚したときから、私はおかしくなってしまいました。
いえ、おかしくなったことにその時気づいた、と言ったほうがよいのでしょうか。
自分の中に、こんな欲望があっただなんて。



そのときから、私の心は重く沈んだまま、安らぎはたえてありません。



彼のことを思えば、胸が苦しくなる。まるで病のようです。辛くて苦しくて、いっそ諦めてしまいたいのに、私はそれができないのです。
彼には恋人がいます。そしてその恋人はとても素敵な人。私の欲は二人を悩ませ、苦しませるものにはなりえても、誰かを幸せにすることは決してないでしょう。わかっているのです。



それでも、彼の姿を目にするだけで、みじめな私の心は震えてしまうのです。
用事で外へ出かけるたびごとに、彼にまた会えると喜んでいる私がいる。
いざ会えば、型通りの挨拶を交わすだけでもうれしいと思ってしまう私がいる。
早く諦めなければと思う一方で、あさましく不埒な夢想を抱いてしまう私も。



彼の綺麗な歩き方、彼の気品ある姿、彼の口元に浮かぶ笑み、彼の眼の魅力。



そして彼の言葉の流れるような素晴らしさ、彼の握手、



そして、ああ、彼の口吻け!

…………すべては彼の恋人のもの。幸せそうに寄り添って立っている、かわいいひとの。



それでも、ひと時でもいい、彼をだきしめることができたなら。



そうしたら、私は彼に口吻けをするのです。
ああ、あの人と口吻けをしながら、息絶えてしまえたら!

 



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なかなか更新できずに、長い間天日干しにしておりました……。やっと格納。
シューベルトの歌曲からの朴李のようなものです。日本に合うかなぁと思ったもので…
もう少しでゆんゆん言い出しそうな気配ですね。