銀星糖
こちらは、キタユメ。様で連載中の「AXIS POWERS ヘタリア」のファンサイトです。二次創作を取り扱っておりますので苦手な方はご注意ください。
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L'amour est guerre.
恋は戦争
未明から降りだした雨は、夕方になってもまだ止まないでいた。
薄暗い灰色の外の風景とあいまって、集まっている各国の面々も今日はどこか物憂げに見える。
「では皆さん、今日はここまでにしたいと思います。明日は十時から、またこの部屋にお集まりください」
閉会を告げるフィンランドの声に、何十もの椅子が動く音が重なる。帰り支度を始める国、周りや友好国同士で言葉を交わす者、それぞれが俄かに動き出して、会場には一気に色が戻ったようだ。
書類をおざなりにケースに仕舞い、俺は周囲をゆっくりと見渡した。正面の出入り口が音を立てて開く。ロシアが中国を伴って戸口をくぐり、ベラルーシとラトビアが後に従って会場をあとにするのが見えた。歩幅の小さいラトビアの足音が、リノリウムの廊下を遠ざかっていく。
好機だ、と脳裏に誰かが囁く。
ざわめきの中に視線をめぐらせると、アメリカとカナダのかげに隠れるように立つあいつの姿。
視線に気づいた彼はこちらへ小さく目礼すると、傍らのアメリカに何事か囁いた。続いてカナダと言葉を交わし、二人から離れる。
俺は踵を返し、出口へ足を進めた。控えめな軽い足音がついてくるのを背中越しにとらえながら。
二回ほど角を曲がり、適当な部屋の扉を開く。追いついてきた日本に手のひらで示し、部屋へ通した。後ろ手に閉めた扉が蝶番を小さく軋らせる。余裕の綻びを嘲笑されている気分だった。
小さめのミーティングルームといった趣の殺風景な室内は薄暗く、肌寒い。振り返った日本の無表情はそんな部屋に合わせたかのように、灰色の陰翳を纏っていた。
「昨夜は突然失礼して、申し訳ありませんでした。ご気分を害されたのではありませんか」
丁寧に頭を下げる日本を、俺は手で制する。自分のせいではないこともとりあえず謝るのは彼の悪い癖のひとつだ。
「よしてくれ、あれはお前のせいじゃないんだから」
責任を言うのならむしろ中国と俺と、半分ずつでちょうどだろう。
それよりも、日本の目の下にある、うっすらとした青色の隈が俺には気にかかった。このところの彼は、疲労の気配をこんなにも濃く漂わせている。おそらく昨夜はろくに寝ていないのだろう。その理由をいくつも想像して、そのいくつかに俺は嫉妬した。彼の頬に触れた手をはたいた男の、憎憎しげに歪められた顔が目に浮かぶ。
「……用事ってなんだったんだ? いや、機密に関わるなら言わなくてもいいんだけどさ。また無理を言われたりしなかったか?」
「いいえ。……国としての立場はともかく、あの人個人にとっては私はまだ“弟”のようですから」
ホテルまで送られ、ベッドに押し込まれただけだと平板な声が言う。視線を床に落として、日本はため息をついた。
「千年前とちっとも変わりゃしないんです。漢方薬なんか嫌いだと言っても飲ませるし、寝巻に着替えろだとかなんだとか」
さらりと言われた年月の長さに、息が詰まりそうになる。この先どれだけ経とうと埋められないほどの差。
『特別な相手』だとロシアは言った。周りを海に囲まれ、一人でいた彼にとって、海の向こうの偉大な国はたしかに特別だっただろう。それは、同じ存在がひしめきあうところにいた自分ではきっと、わからない。
雨の音がまた大きく、部屋に沁み込んでくる。
「ばかみたいです、私……。聞き分けよく寝たふりなんかして……」
なんだかもう、疲れました。
呟いた日本は、ひどく老いたようにも、泣き出しそうな子どものようにも見えた。
腕を引くと、華奢な身体がふら、と傾く。ダンスの作法のように背をホールドして引き寄せる。抵抗はなかった。間近から覗き込んだ日本の顔には戸惑いの色。
「疲れたなら、忘れればいい」
囁いた声は思いのほか熱を孕んでいて、もう後にはひけないと心臓が叫んだ。
つけこむようなやり方が卑怯といわれようが、構ってはいられない。求めるものは勝ち取らなければならない。誰よりも早く。
「俺にしとけよ」
「フラン、ス、さん……?」
最高級の漆の瞳がわずかに見開かれ、逃げ道を探して黒の視線が惑う。けれど、ここまで来て逃がせない。
「お前が好きだ」
日本は-----拒絶するように、あるいは何かと決別するように-----きつく、瞼を閉じる。
ふたたび開かれたとき、最前までの戸惑いは嘘のように消え失せ、強い光が俺の目を射た。
雨の音が遠くなる。
「忘れさせてくださる、と?」
眼光の強さとは裏腹に、唇から零れる吐息は震えていた。俺は腕全体を使って日本の身体を抱き締める。小鳥のように小さく忙しい鼓動が、スーツ越しに耳に届いた。
「俺は本気だよ、日本」
「負担かもしれませんよ、あなたには。都合よく甘えられるのも、嫉妬深く束縛されるのもお嫌いでしょうに」
「日本がそうしてくれるなら、それもいいさ」
「物好きな人ですね」
呆れたふうを装おうとして失敗したらしい、湿った呟きが落ちる。尖った頤を持ち上げ、素直な言葉をくれない唇を啄ばむと、熱を感じさせない手のひらが、ためらいがちに背に回された。
たよりないその感触が、今は何よりも雄弁で。
欲求のままに、もう一度日本の吐息を奪う。どこか血の味を思わせる唇は冷たく、夢のように甘かった。
……Pipipi,…Pipipi,…Pipipi,
無味乾燥な携帯の着信音が割り込んで、それが終わりの合図となった。
はっとした顔で日本は俺から逃れ、出ても? とポケットから取り出した端末を掲げて問う。頷くと同時に、日本は通話ボタンを押した。
「はい、本田です………、ああ、イタリアくん。……ええ大丈夫、忘れてませんよ。……今ですか? 少しフランスさんと……、え?」
通話口を指先で押さえると、日本はいつものようなぼんやりとした、焦点を明確に定めない視線をこちらに向ける。
「スペインさんがあなたを探していらっしゃるようだと、イタリアくんが」
「スペインが?」
「私もこのあと、イタリアくん達と食事の約束がありますので、そろそろ」
引き留めることを許されない空気を感じて、俺はドアと日本を遮る位置から一歩下がった。
もはや疲れなどおくびにも出さずに、彼は背筋を伸ばして出口へと歩く。ドアを半分押し開け、そうしてノブに手を掛けて、日本はふとこちらを振り返った。
「うれしかったですよ、あなたの言葉」
「……っ、Croyez-moi, s'il te plaît……!」
思わず零れてしまったフランス語に返されたのは、モナリザの微笑とドアの閉まる音。
* * * * *
…… ♪ Allons enfants de la Patrie, Le jour de gloire est arrivé! ……
肌寒さを取り戻した室内に、着信音が響く。
「……Allo?」
「あ、フランス兄ちゃん? おれおれー」
「オレオレ詐欺ってヤツか? イタリア」
電話の向こうで、ヴェー、といつもの声がした。その声にも、今は余裕のある対応なんかしてやれそうにない。一世一代の賭けを邪魔されて、これが可愛い弟分でなかったならイギリス味のラヴィオリを口いっぱいに詰め込んでやるところだ。
「スペインならこっちから電話かけてみるから、気にすんな」
「ごめん、ウソ」
「……は?」
押し殺した笑い。それだけで彼の声の雰囲気はがらりと変わる。だって、とそこで言葉を切り、イタリアはまた小さな笑声を漏らした。
「ああ言ったらさ、日本は遠慮して切り上げてくると思ったんだもん。勝手に名前使っちゃって、スペイン兄ちゃんには悪いんだけどさー」
「お前ね、俺には悪いと思わないわけ?」
いつになく真剣な声音で、俺は問うた。嫌な予感がして、こめかみに汗が伝う。
「思わないよ、全然」
あっけらかんと答えが返って、俺は予感が的中したことを知る。迸りそうになる悪罵をなんとか飲み込むと、回線の向こうで揶揄するかのような笑い声が上がった。
「渡さないよ」
挑戦的な囁きを最後に、電話は切れた。
「……Merde!」
昨夜か、それともさきほどか。いずれにしてもイタリアにはお見通しだったらしい。俺は胸に巣食った苛立ちを大きく息を吐いて追い出すと、必要以上の力でドアを開けて廊下に出る。夕闇が濃くなり、庭の小道にはもう、足元を照らす小さなランプが点々と灯っていた。
正面玄関を目指して、いつもより大きな歩幅で進む。迎えの車を頼もうと、俺は持ったままだった携帯に目を落とした。
メールの受信を告げるランプが、点滅した。
どうやら通話中に受信していたらしい。受信ボックスを開くと、あまり見慣れないアドレスから一件。
<ヘルシンキ・セントラルホテル 318 22:00 JPN >
「…………は、はは」
口の端がだらしなくつり上がる。液晶を見つめたまま、軽くなる足に任せて俺は人気のない廊下を走った。22時まであと四時間強。お気に入りのスーツと靴とコロンと、薔薇の花束に思いはめぐる。ああ、四時間なんてあっというまに過ぎてしまいそうだ!
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【訳】
・Croyez-moi, s'il te plaît. 俺を信じて
・Allo? もしもし
・Merde! クソ!
なんか難産でした……。 あれか、駆け引きなんて初めて書くからか。
恋愛小説が本棚にないので、これからはちょっと読もうと思いました。
というわけで、拍手でリクエストいただいていた仏日です。兄ちゃんにがんばってもらって、勝負は一歩リード? です。
お気に召していただければうれしいです。
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