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銀星糖

こちらは、キタユメ。様で連載中の「AXIS POWERS ヘタリア」のファンサイトです。二次創作を取り扱っておりますので苦手な方はご注意ください。


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カフェハウスでお茶を(墺日)

久々の更新が、なんともマイナーな組み合わせです。
ほんのり?黒い貴族にご注意くださいませ。












「あなたには標準ドイツ語よりも、高地ドイツ語のほうが似合いますよ」



唐突な言葉に、書類を片付ける手を止めて日本は首を傾げた。隣の席の男性はまじめな表情を崩さぬまま、こちらを見ている。




国際会議の開催数・第一位の楽都にはよく足を運ぶものの、ホスト国たる彼自身とはあまり話をする機会がない。いつもアメリカが自分の手を握って離さないからだ。しかし彼はいま別室で、随伴の女性に説教されている。先週のパリでの会議のときと同じく、今回も書類の不備が原因だろう。
書類の誤字脱字、文法事項の見直しが足りません。何百年英語を話しておいでなの。国際会議で使用するものにスペルミスが五つもあるだなんて、我が国の知性が疑われます。云々。



(最近わたしが売りつけたゲームのせいで寝不足なのでしょうが……)



しかし、そんなことを彼女に知られたら、こちらにまで苦情が来てしまいそうだ。何も言わないでおこう。



「日本、私の話を聞いていますか?」



柔らかい声音に若干の圧力が加わる。あわてて意識を引き戻し、日本はそそくさと書類を鞄に仕舞い、留め金をぱちんと閉めた。目の前の青年と視線を合わせる。なぜか胃の辺りに緊張が走った。



「オースト、リ、アさんは、どうしてそう思われるのですか?」



訥々と紡がれた名に、オーストリアは優美な眉を心もち顰める。その様子を見て、日本は冷や汗を流した。名前を間違われるのを、プライドの高い彼は大変気にしている。機嫌を損ねてしまっただろうか。



「まぁいいでしょう。私の名前については、今後しっかり覚えていただくとして」



そう言われて、内心ほっと息を吐く。汗で少し手のひらが湿って、指の先が冷たい。



「さきほど、ドイツやスイスとお話をなさっていたでしょう。それが聞こえたのですが」



「ああ……」



たしかに、会議の休憩時間に二人と話した。
スイスが野戦訓練に日本を連行しようとするのをドイツが止めてくれたのであるが、二国がお互いにドイツ語で話すので、自分もドイツ語を使った。ふだん国際会議の場では英語を使う。それ以外の言葉を話したのはいつ以来だったか。



「あなたのドイツ語を初めてちゃんと聞きましたが、大変お上手ですね」



「あ、ありがとうございます」



「しかし、」



と、オーストリアはそこで言葉を区切って、口元に小さく笑みを形作った。



「そのように緊張しないでください。肩の力を抜いてお話していただけると嬉しく思います」



「は、はい」



言われれば、先ほどからなぜ自分はこうも身体が強張っているのだろう。神事に携わる時でさえ、こんなに緊張したことなどなかっただろうのに。
心なしか、心の臓が熱い。ひとつ息をつき、日本は努めて肩の力を抜いた。



「そう、あなたのドイツ語は大変お上手です。しかし、もっと柔らかな響きの言葉のほうが、あなたのイメージには合う」



深い藍色の瞳が、眼鏡の奥で細められる。



「あなたにはぜひ、ウィーンの言葉も覚えていただきたいものです」



ドイツの謹厳な話し方とは違う、優雅で甘やかなその響きは、日本の眦をほんのりと朱に染めた。同じ言語でもこうも違うものなのかと、端正な容貌を見つめ返す。藍と黒の視線が絡む。一瞬の後、日本はぎくしゃくと俯いた。どうしたことか、頬が熱い。
ひどく落ち着かない気持ちが胸の中に渦巻いていて、一片の言葉すら容易には出てこない。せわしなく両手の指を組み替えて、日本は細く息を吐いた。



(ほんとうに、どうしてでしょう……)



このようでいては、オーストリアに不審がられるばかりか、また不機嫌にさせてしまうかもしれない。それなのに、押し寄せる正体不明の熱はいっこうに去る気配がなかった。



と、会議場の大扉が開く。ぞくぞくと入室してきたのは、清掃係の人々のようだ。改めて室内を見回してみると、もう日本とオーストリアのほかは数人しか残っていなかった。日本は急いで立ち上がり、鞄を手に取る。持ち手の金属がやけに冷たかった。



「おや、もうこんな時間ですか…。日本、このあとのご予定はいかがです?」



オーストリアは懐中時計に目をやりつつ、しかしあくまでも優雅な仕草で立ち上がった。その挙措の一つにまで目を奪われている自分に戸惑いながら、日本は彼と並んで出口へ向かう。声が上擦ってしまわないよう、なるべく丁寧な発音を心がけて言葉を紡いだ。



「会議のあとは、特に何も。夕食会までまだまだ時間がありますし、散歩でもしようかと思っています」



「でしたら、私とお茶でもいかがですか? ご馳走しますよ」



「え?」



思わず立ち止まってしまった日本を一歩半追い抜くと、オーストリアはくるりと身を翻し、じっと日本の目を見つめた。

「もしお嫌でなければ、ですが……」



レンズの奥の藍色に一瞬だけよぎった翳りと、窺うような声音に、日本は弾かれたように首を振る。



「そんな、嫌だなんて……!」



「それは良かった。では行きましょうか」



穏やかな笑みを浮かべて満足げに頷いたオーストリアに促され、再び彼と肩を並べて歩き出す。二人分の足音が、同じリズムで大理石の床を打つ。自分に合わされたその歩調に少しとまどい、そして少し、泣き出したいような気分になった。








 

 


 ※ ※ ※ ※ ※ ※








 

 


扉を開けると、鮮やかに赤い内装が目に飛び込んでくる。日本を先導してテーブルの間をすり抜け、フロアの奥を目指して進んだ。
行きつけのカフェハウスの定位置に落ち着くと、給仕がすぐさま近づいてくる。皺一つない給仕服を折り目正しく着込んだ青年は、これはこれはヘル・ダイレクトール・フォン・エーデルシュタイン、ようこそいらっしゃいました、と恭しく一礼した。



「こんにちは、ヘル・オーバー。いつものを、頼みます」



「かしこまりました。お連れさまは、いかがなされますか?」



「え、はい、ええと……」



慣れない雰囲気にとまどっているらしい日本は可愛らしいけれど、なかなか合わない視線が少しもどかしい。この店はサッハートアテがおすすめですよと言えば、ほっとしたように顔を上げて、ではそれを、と日本は言った。



「お飲み物はいかがなされますか?」



「エスプレッソを、お願いします」



「かしこまりました」



現れたときと同様、給仕が恭しく退がってゆく。
日本は借りてきた猫のように、おとなしく座っている。黒真珠のように濡れた輝きを持つ瞳は、残念なことにまた遠慮がちに伏せられて、なんだかこちらがいじめているようで居た堪れない気分になってくる。



「日本は、明後日までこちらにいらっしゃるのでしたね。上司の方と、観光でもされるのですか?」



「いえ、上司は明日の朝一番にパリへ。私はわがままを言って、一日だけお休みをいただきました」



ウィーン観光は、実は一度もしたことがなくて。
なんだか申し訳なさそうな顔をして、おそるおそるといった様子でそう言う。会議やら何やらで彼はこの都によく来るのに、観光はしたことがなかっただなんて意外だ。日本という国は新し物好き・観光好きで通っているのに。そんなに忙しかったのだろうか。そう思って尋ねると、彼は束の間、視線を左右に泳がせ、つい、と視線を上げてオーストリアを見た。



「まとまった時間がとれなかったのも一因なのですが……。なんと言いますか、アメリカさんとこの街を見て歩くのは、どうもいけない気がして……」



決まりが悪そうに尻すぼみになっていく言葉に、思わず噴き出してしまう。たしかにアメリカを連れて美術館などに行けば騒がしいとひんしゅくを買ってしまうかもしれない。そして、日本は困り顔でたしなめるはめになるのだ。アメリカさん、ここは美術館なんですからお静かに、と。実に容易に想像できる光景だった。



(しかし、あの坊やのせいなどで我が都を堪能していただけないのは、実に残念ですね……)



日本には誰に気兼ねすることもなく、この美しい街を楽しんでいってほしい。開国からこの方、西洋建築や美術、クラシック音楽の学習にも熱心だった彼のことだ、きっとウィーンの街並みや美術品、オペラなどにも関心を寄せてくれるに違いない。



「よろしければ、私がご案内しますよ。明日は一日空けていますから」



「ほ、本当ですか? あのでも、ご迷惑では……」



「迷惑だったら、こんなふうに申しませんよ」



何事も相手の都合を優先し、常に一歩下がって相手を気遣う。好意には遠慮深く、賛辞には謙遜を。そういう国だと知ってはいるが、やはりもどかしい。オーストリアは中指で眼鏡のブリッジを押し上げた。



「私が、あなたを案内して差し上げたいのです。お嫌ですか?」



「い、嫌だなんてそんなこと……!」



「そうですか。それは良かった。張り切ってルートを考えておきましょう」



先ほどと同じような遣り取りを繰り返して、オーストリアは嫣然と笑った。日本は今更その策略に気づいたようで、柔らかそうな唇をぱくぱくさせながら視線を左右に泳がせている。



(仕方がないでしょう、あまりにもどかしかったのだから)



少々の誘導くらい、許されてしかるべきだ。
日本の赤らんだ滑らかな頬を見つめると、ますます愉快になってくる。それと同時に、いままで彼とあまり言葉を交わさなかったのを惜しいとも思った。こんなに他国に興味を惹かれるのは、自分にしては珍しいことだ。これはぜひ存分に楽しまなければ。



(明日はぜひ、邪魔が入らぬように手を回しておかなくては……ね)



内心で誰をどう牽制し或いは脅迫するか思案しながら、オーストリアは銀盆を捧げ持って現れた給仕ににこやかに礼を言った。たっぷりの生クリームを添えてしずしずと供されたザッハートルテに、日本が瞳を煌めかせたのも勿論見逃さない。お菓子一つでもこんなに喜んでもらえるのなら、明日も案内のし甲斐がありそうだ。
いただきます、と手を合わせる日本のように自分も、簡単な食前の祈りを捧げる。いそいそとフォークでトルテを口に運ぶ日本のようすは、やはり可愛らしい。



「どうです、本場の味は。お気に召しましたか?」



「はい。とっても美味しいです」



日本がこの日初めて見せた笑顔は、幸せをそのまま溶かしたように甘く蕩けていて、それはそれは美味しそうで。
いけないいけない、とオーストリアは煩悩を追い払った。自分は貴族なのだ。優雅さに欠ける振る舞いがあってはならない。ひとつひとつの手順は大事にしなければ。



メランジェに口を付けながら、ひっそりと口の端を吊り上げる。ああ、本当に明日が楽しみだ。






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もともと墺日を書こうと思ったのは、『ウィーンのカフェハウス』という本を衝動買いしたからでした。


【語句】
高地ドイツ語……オーストリア訛りのドイツ語。標準語より抑揚があり、語尾の発音が柔らかいそうです。
ヘル・ダイレクトール……指揮者
フォン……貴族の家名の前に付ける称号
ヘル・オーバー……給仕長。ウィーンではボーイさん全員にこう呼びかけます。
サッハートアテ……“ザッハートルテ”のウィーン訛り
メランジェ……ブラックコーヒーに同量の泡立てたミルクを加えたウィーン風のカフェオレ。



ちなみに、日本で言うウィンナーコーヒーは、あちらではアインシュペナーと呼ばれます。


 

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