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銀星糖

こちらは、キタユメ。様で連載中の「AXIS POWERS ヘタリア」のファンサイトです。二次創作を取り扱っておりますので苦手な方はご注意ください。


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春望詩(台→日)

台湾さんと、庭の花。

 

史実を織り交ぜておりますので、苦手な方はご注意ください。

 

 

















【春望詩】









一月も半ばになり、一日一日、日差しが暖かくなる。
短い冬が瞬く間に過ぎ、私の家にも本格的な春がやってくる。



家の庭に植えた花たちも、温んだ日差しを浴びて蕾をふくらませる。






そして二月、旧正月のお祝いと同時に、ちいさなちいさな花が目を覚ました。









釣鐘のような形の小ぶりな花は、紅梅のように濃いピンク色。
目の覚めるような鮮やかさは、枝が燃えているかのようにあかあかと、私の庭を彩る。
その名を、緋寒桜という。






桃まんと鉄観音茶の載ったお盆を陶製のガーデンテーブルに運んで、私は今日、一人でお花見をしていた。
ちなみに、仕事はない。
家事は通いの家政婦がすべてやってくれる。彼女も島の外から来たのだろう、口をきいてもくれない。
私は広いこの屋敷に閉じ込められたまま、ずっとひとりだ。






毎日、誰かが新聞を投げ込んでくれる。私はそれを読んで、夕方にはそれを塀の外へ投げ返す。
外の情報を得る手段は、それだけだ。
新聞を読み、お茶を淹れ、手慰みに刺繍などをして、物思いに耽る。
これが日常になって、もうかなりの年月が経った。












この間だったか、もうずいぶん前だったか、私の島を占拠している連中は、日本国政府に断交されたらしい。
居座っているあいつらが、やつらの敵との策略合戦に負けた。ただそれだけのこと。
けれどそれでも紙面に踊る“台日断交”の四文字は、私の胸をえぐった。



自由だけじゃなく、あの人とのか細い絆まで奪われた。
私の知らないところで、私のものがどんどん奪われていく。
それが悔しくて、歯を噛み締めた。涙は出なかった。

 




 

 

 

 

 


網膜にピンク色が沁み込んでくる。

 

『こちらの桜は、明るくおてんばな女の子という印象だね。君のように』

 

そう言ったのは、どの総督だったか。
皺のよりはじめた温和な笑顔と、大きな温かい手だけが記憶に残っている。







いつか見た東京の桜は、私の家の桜とはずいぶん違った。
淡く薄く、白地に針の先ほどの紅を混ぜたような、はかなげな花弁。
それが雲のように枝に広がって、国中を春色の靄で蔽うのだ。






幻想的で美しくて、大好きだけど嫌いで憎かった。
私の大切なひとの心が、桜に盗られてしまう気がした。








だからそんな誉め方をされても、『でもどうせ、おじさまも日本さんも、あちらの桜のほうがお好きなのでしょ』と訳のわからぬ拗ね方をして、ぷいと顔を背けてしまった。
こどもっぽい自分がさらに嫌いになった。
日本さんが好きなのは、あの桜のようなたおやかな女性にちがいないのに、私はおてんばで子どもで、素直になれない可愛げのない女の子だ。






鼻の奥がツンとして、私は俯いた。総督はおやおや、と苦笑して、私の頭を大きな手で撫でた。






『そんなことはないよ。この地の桜は愛らしくて素敵だ。本土の桜にも負けないよ』

『うそ』

『本当だよ。その証拠に……ほら』






白い紙が手の中に落とされる。見ると、東京からの電報だった。簡素なカタカナで一言、
[スグユク  キク] と記されている。





『先週、[サクラサク] と送ったら、すぐに返事が来たよ。明朝にはお着きになるかな』

『おじさまのいじわる! どうしてすぐに教えてくださらなかったの? おもてなしの用意だって何もしてないわ!』

『心配しないでいい。君は明日のお花見で着る服と、つける髪飾りを吟味しておきなさい。お弁当は私の妻が腕を振るってくれるから』

 

お茶目に片目だけ瞑ってみせて、総督はからからと笑った。

 

 

 

 

 




 

お茶もずいぶんと冷めてしまった。

花が一つ、ぽとりと落ちる。濃灰色の石畳の上にちょこんとひとつ。

少し、風も出てきたようだ。満開まであと一息の花だが、散らされてしまうだろうか。









この桜があと何回咲いて落ちたら、あの人にまた会えるだろうか。

 

 

 

 







「花開不同賞

 花落不同悲

 問欲相思処

 花開花落時」







むかし読んだ本にあった詩句がすべり出る。



口ずさむほど、桜の鮮やかさが私を浸蝕していく。




このまま染め上げられてしまえば、春の精とともに前線に乗って、東京に行けるかもしれない。
ふと浮かんだ空想はいつもの私らしくもなくて、おかしくて喉が震えた。
けれども、魂魄だけでもここを抜け出して、あの人のもとへ行けたなら。

 

 

 

 

 

 





 

 

よく晴れたその日、まだ少し寒いそよ風を連れて、あの人はやって来た。
いつもよりほんの少しそわそわした気配が伝わってきて、私はお茶を注ぎかけた手を止めて『中庭でお茶を飲みませんか』と言った。









二人で中庭のこの席に座って、私は茉莉花茶を淹れた。
彼は満開の緋桜を仰いで、ほう、とため息をついた。





『総督閣下にお聞きしていましたが、こちらの桜も美しいですね……』





その声に込められた熱に、花もわななくようにそよいだ。
私のそれよりもなお黒く艶やかな髪が、風に揺れる。
同じように揺れた枝から桜がひとつ、ぽとん、と落ちる。

 




白い軍服に濃い花弁の色が鮮やかに映えて、ああ綺麗だと、そう思った。

 





『日本さん』

『はい、なんでしょう?』

『うちの桜も、好きになってくれますか……?』

 





彼はふんわりと笑って、そして――――――――――

 

 

 

 

 

 


 

 


雨が降ってきた。茶杯に一粒、滴が落ちる。
空知らぬ雨は緋桜のあかさも滲ませ、私の服も濡らしていく。
風の寒さに肩が震えて、私はしっかりと自分の腕を抱いた。

 




 


花開くも同(とも)には賞せず

花落つるも同には悲しまず

問わんと欲す 相思の処(ところ)

花開き花落つる時

 


 


「日本さん……」

 


 


どこからか、細くかすかな胡弓の音が響いてくる。



 

ゆふべにとおく このはちる なみきのみちを ほろぼろと……







 

ささやく様に、遠い日に習い覚えたかの国の言葉でメロディーをたどれば、いっそう大きな雨滴が円卓を叩いた。

 








 

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薛濤の『春望詩』を読んだときに、台湾さんに似合うかもと思ったのが始まりでした。
台湾に自生している桜は、沖縄などに咲く緋寒桜という種類です。
染井吉野などの薄い色ではなく、紅梅や牡丹のように濃い色をしています。
そして、散るのではなく、花がひとつまるごとポトリと落ちます。

台湾は終戦後、蒋介石率いる国民党に接収され、昭和62年(1987年)まで戒厳令下に
あったそうです。それで、その間は台湾さんも家から出してもらえなかったのでは、と
想像がふくらんだ次第です。
台湾史についての詳細は『台湾人と日本精神』(蔡焜燦/小学館文庫)を参考にさせていただきました。

“空知らぬ雨”は涙のこと、袖の雨、袖時雨とも言います。

最後に引用した歌詞は『幌馬車の歌』です。

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