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銀星糖

こちらは、キタユメ。様で連載中の「AXIS POWERS ヘタリア」のファンサイトです。二次創作を取り扱っておりますので苦手な方はご注意ください。


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夏の一日(中日)



ある夏の日、猛暑の古都にて。













 


ざざぁ、……と風の行過ぎる音が、縁側に涼を運んでくる。
炎毒そのもののように思えた蝉の鳴く声も、外で聞くよりは幾分か柔らかい。

板の間を踏んでこちらにやってくる気配を感じて、中国は身を起こした。

 

「中国さん、お茶は熱いものと冷たいものと、どちらになさいますか?」

「冷たいほうを頼むある」

 

うるし塗りの盆を見ると、そこには今日の茶菓子が鎮座している。

透明な中に青い波紋をほどこしたガラスの器に、美しく透き通った生菓子がふたつずつ盛られていた。

中の漉し餡が透けて見えるそれは、竹製の菓子切りと笹の葉を添えられ、涼しげな様子をいっそう強調していた。

こういった盛り付けの仕方ひとつにこだわるところが、なんともこの弟らしい。

中国だって、調理した食材を彩りよく並べ、鮮やかな陶磁器の数々を使って華やかに食卓を演出することはある。

けれども、器の質感や形状、ほどこされた絵柄などまで吟味し、季節や風情を盛り込むことにも気を配るのは、知る限りでは日本しかいなかった。

 

 


「どうですか、お体の具合のほうは。めまいは大丈夫ですか?」

 


藍染めのコースターを添えたグラスの氷が、からん、と音を立てた。
歯に沁みるほどに冷やされた麦茶に、中国はちびりと口をつける。

 


「もうおさまったある。……しかし、日本の夏は暑いあるな」

 

まさかこの歳になって、日射病になるとは思わなかった。

菓子の皿を手許に寄せながら言うと、日本はやれやれとため息をついた。

 


「氷枕などが揃っていましたから手当てができましたけど……
もう四千歳にもおなりなのですから、晴れた日には帽子くらい被ってください。
それに、炎天下を歩いていらっしゃらなくとも、タクシーを使うなり…」

 


聞き流しながら菓子切りを生菓子につき立てる。切り分けにくそうなので、そのまま持ち上げて端からかじった。
葛もちの弾力に、漉し餡のさっぱりした甘さが美味である。

 


「日本、この菓子はなんていうあるか?」

「話を聞いていらっしゃいませんね……」

 

眉根を一瞬だけ険しくさせた日本だったが、自分も菓子皿を手に取るといそいそと箸、もとい菓子切りをつける。

 

「水まんじゅう、と申します。これは大垣という町の物でして」

 

きのうお土産にいただいたんですと言いながら、器用に切り分けて口へ運ぶ。
紅いくちびるの開くさまを見つめそうになって、中国は意識して目をそらし、食べかけの菓子に集中しようとした。

 


「饅頭あるか? 我のところから伝わったものが、またすごい変身を遂げたあるな」

「ええ、いつのまにかね。今ではいろんなお饅頭があるんですよ」

 

ひとつを食べ終えて、もうひとつ。舌触りのよい餡の後味や、葛もちのひんやり感が好ましい。
あっという間に食べ終えてしまうと、中国は残りの麦茶を流し込んだ。
麻のクッションを抱きかかえて、日本風にしつらえられた庭を眺める。
建物のすぐ近くに池があり、曲がりくねった小川も造られている。
水辺はきれいに手入れがされており、菖蒲の葉がまぶしかった。

 


「この屋敷は、夏用の別荘か何かあるか?」

 


間仕切りのない広々とした造りは、風通しがよく過ごしやすい。
軒が深いぶん、奥に行くと薄暗いが、縁に近いところならば適度な明るさもあり、夏にはもってこいの家だろう。

 


「いえ、この屋敷は少し昔まで、貴族の方のお住まいでした」

 


“家のつくりようは夏をむねとすべし”というように、日本では昔から、家屋は夏向きに造られていた。
冬の寒さよりも、夏の暑さのほうが手強い敵なのだ。

明治のご一新で、持ち主だった貴族は新たな帝都へ移り、管理人に託されたこの屋敷は、住む者もないままに130年ほどの時を過ごした。

 

先週から京都では、国際会議が行われている。中国やアメリカ、そのほか多くの国が真夏の古都に集まってきていた。
ホスト国としてこの会議に臨んでいる日本は、ホテルに泊まるのがイヤだと言って、持ち主に頼んでこの屋敷を借りたのだという。

 


「夏でなければ、ホテル暮らしも苦にはならないんです。
けれど、どうもクーラーのかかった部屋に長くいると体がだるくて」

 

それに、と。浅葱色の団扇でこちらを扇いでくれながら言葉を続ける。

 

「ホテルにいると、誰かしらからお声がかかって、休む暇もない」

 

各国からの誘いをやり過ごすために、この屋敷のことは誰にも教えていないのだという。

 

「思い出深いこの地では、せめて静かに過ごしたいのですよ」

 

りん、チリン、と揺れる風鈴を見上げて、日本は気だるげに微笑んだ。

 

「ほら、中国さん。あの遣水を見てください」

 

日本は広い庭にめぐらされた小川を団扇で指す。

 

「私が小さい頃、中国さんのおうちで拝見した遊びを自分の家でもしてみたくて、帝におねだりをしたんです」

 

そうしたら、御所のお庭で曲水の宴を催してくださって。
私はまだ小さくてお酒が飲めなかったのに、あの遊びが大好きでした。
詩歌も、帝やお后さまがいつもお褒め下さるものだから、有頂天になってたくさん作りましたっけ……

 


目を細めて、千年以上昔にあったことを懐かしそうに口にする。
こんな話は、きっと中国にしか通じないとわかっているからこそ、彼は自分だけをここへ招いたのだろう。

 

クッションを抱えたまま、冷たい板の間に腹ばいに寝そべる。
いつも前を見て走らなければいけない自分たちではあるけれど、たまにはこんな風に、来た道を振り返るときがあったっていいはずだ。

 


「もっといろいろ話すよろし。我、日本の話が聞きたいあるよ」

 

つかの間の休息の間くらい、兄に甘えてもいいあるよ。
口には出さないけれど。

 


久々にやさしい気持ちに満たされて、中国は弟のノスタルジアに付き合うことを決めた。














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中国さんと日本が、たまにはふたりでノンビリしているのもいいかな、と思って書きました。
寝殿造りのお屋敷が残っているかは知りませんが、ファンタジーということで見逃してください。


曲水の宴や、おまんじゅうの来歴などはWikiを参照しております。
大垣の水まんじゅうはほんとにおいしいですよ。機会がありましたらぜひご賞味ください。




 

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