銀星糖
こちらは、キタユメ。様で連載中の「AXIS POWERS ヘタリア」のファンサイトです。二次創作を取り扱っておりますので苦手な方はご注意ください。
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【柚本本舗】さまへの献上品(上)
長くなりましたので、前後に分けました。
【これぞ日本のお正月?!】
美しい季節であると思う。肌を刺すように冷えた空気、鮮やかな緑を褪せさせぬまま白雪の中に佇む老松、山の端から薄雲を纏って顔を出す朝の光も。自国の冬は美しいけれど厳しくて、この庭の清らかな趣とは大層隔たりがある。
舞い散る粉雪の中に椿が、南天の実が、燃えるように赤い。縁側に立ち尽くしたまま、スイスはしばらく時を忘れた。
衣擦れの音に振り向く。廊下の向こうからやってきた日本は、カーキ色の長袖Tシャツ一枚のスイスを見て眉をひそめた。
「スイスさんたら、そんな薄着のままでこんなところにいらっしゃるとお風邪を召されますよ」
「……そこらの者とは鍛え方が違うのである」
「それはそうでしょうけど……」
日本は火桶を床に置いて、着ていた丹前を脱いだ。紺色の地に白い波模様が描かれたそれをスイスの肩に掛ける。日本の体温で温められた綿入れは、さすがに少々冷えていたスイスの身体を柔らかく包んだ。
「見ているこちらが寒いので、せめてそれくらいは羽織っていてください」
「……了解した。しかし、これではお前が寒いのではないか?」
薄手の羽織だけになってしまった日本のほうがいかにも風邪をひきそうに見える。だが、
「大丈夫ですよ、私は年寄りですから。冬の防寒対策は万全です」
日本は花のような笑顔でガッツポーズをしてみせた。
上等の羽二重の着物の下にはモスリンの襦袢、さらに通販で購入した高性能下着を着込み、足袋の上から毛糸の靴下(滑り止め付き)を重ね履きしているのだという。そして着物の隠しから出てきたのは、特大のホッカイロ。
「もちろん貼るタイプも装備済みですよ。あ、スイスさんもいかがですか?」
羽織の袂から新品のカイロを取り出して、見た目だけなら自分よりも年下に見える老爺は、愛らしい笑顔とともに大量のそれを差し出す。ぱっと見ただけでも、貼るタイプ、足用、大きめ、小さめ、etc……。
「これは、どうやって使うものなのだ?」
漫画のキャラクターが描かれた小さめの袋を手に取ると、スイスは封を切った。白い紙製のような袋が出てくる。その中には砂状のものが入っているが、これが温熱用品とはとても思えない。
「中に入っているのは屑鉄を粉にしたものです。袋を振ってみてください。すぐに温かくなってきますよ」
「なるほど。酸化熱を利用しているのだな」
スイスはやや毛羽立った白い袋をシャコシャコと振った。鉄粉が酸化を始めれば、すぐに熱を持つようになるだろう。こんな手軽で便利そうなものがあるとは知らなかった。冬季の野外訓練を行う際の装備品に加えるのもいいかもしれない。
「もう少しで朝食にしますから、座敷のほうへどうぞ。スイスさんはお酒大丈夫でしたよね?」
「ああ、特に問題はないのである」
日本はどっこいしょ、と火桶を持ち直して廊下を渡っていく。なんだかイキイキした様子なのは、今日が元旦という特別な日だからだろうか?
その後姿を見送って、スイスは座敷の引き戸を開ける。手の中では、ホッカイロがじんわりと温かくなりはじめていた。
「では、あらためまして。あけましておめでとうございます、スイスさん」
「ああ……」
「今年も宜しくお願いしますね」
さぁさぁどうぞ、と華やかな笑顔で、日本が漆塗りの盃を勧めてくれる。同じく赤い漆を塗った銚子から注がれるのは、金箔がふんだんに入った上等の酒だ。少し薬のにおいもする。
聞いてみると、混ぜられているのは“屠蘇散”という数種の薬草を組み合わせたもので、健胃薬としての効能があるという。正月の祝いの膳には欠かせない酒だそうだ。
飴色のローテーブルに目を移せば、日本の伝統的な正月料理が並んでいる。さりげなく蒔絵が施された漆塗りの盆に少量ずつ盛られた色とりどりの料理。その横には湯気をあげるスープのようなもの。緑色の葉と鶏肉が入っていて、かつおだしの匂いが漂っている。
卓の横に据えられた大きな火鉢には網が掛けられ、その上で日本が白いブロック状の物を焼いている。
「その白い物体は何なのだ?」
「フフ……よくぞ訊いてくださいました、スイスさん」
日本は意味ありげに笑うと、焦げ目がついて膨れかかったそれを長い箸で摘み上げた。
これは餅といって、我が国の人々が大層好む伝統的な食べ物なのです。しかし同時に、我が国で一等危険な食品でもあります。これがために毎年、何人かの方がお亡くなりになってしまうほどなのですよ。どうですかスイスさん、挑戦されますか? これはですね、主に正月や祝い事の時に、一種の度胸試しとして食べられるのです。
日本はまた、その白いものをくるりと裏返して焼きはじめる。パチパチと木炭のはぜる音に、スイスの喉がゴクリと鳴った。香ばしい匂いをさせて焦げ目が割れ、中から白い風船のように膨れ上がる餅。
「……いただこう」
「ほほう、さすがですねスイスさん。では、この中に入れてお召し上がり下さい」
よく噛んでくださいね、との注意とともに、焼きあがった小さめの角餅がかつおだしのスープの中に入れられる。スイスはその白いものを箸先で何度かつつき、スープの中に沈めた。そして、まずは鶏肉を摘んで口に入れる。……柔らかくて旨い。
次に、スープを一口。かつおだしはもう食べ慣れて、好きな味のひとつになった。今日も風味が豊かでおいしい。
「…………。」
そして……。意を決して、“モチ”なる恐ろしげな食べ物を箸で持ち上げる。焼かれて乾き硬くなっているようにみえる表面は、予想通りの歯ごたえ。深く噛むと、何やら弾力と粘性のある未知の感触が歯に伝わってきた。噛み千切ろうとすると、内部の柔らかな部分が伸び、伸びていく途中でブツリと切れた。驚きつつも、スイスは慎重に危険な食品を咀嚼する。十分に、十分すぎるほど噛んでから、スイスはおそるおそるそれを飲みこんだ。
「……何やら、固めの伸びるチーズのような……しかし、味は米類のような……」
「お口に合いませんか?」
「いや、旨いのである」
ほのかに甘味があってかつおだしとよく合っているし、何よりこの独特の食感は興味深い。そう言うと、日本は嬉しそうに笑った。
「それは良うございました。一応お昼の来客用にとふつうのご飯も炊いておいたので、お口に合わなければそちらをお出しすることもできたのですが、やはりお正月の朝はお餅でないといけませんからね」
「昼? まさか、誰か来るのか?」
せっかく二人きりの新年を満喫しているというのに?
×××、あの不届きな狼どもが、我輩と日本のたまの逢瀬ですら邪魔しようというのか。蜂の巣にしてくれる。
思わず汁椀を置いて、左手が持ってきていないはずの銃を探し始める。眼鏡の若造や元ヤン海賊、ほえほえしたのと仏頂面のコンビ、はたまた日本の兄を自称する者どもの顔が浮かび、スイスは凶悪な表情で歯噛みした。ああ、ここが銃火器携行禁止の国でなかったなら! 最寄の自A隊に預けさせらた愛銃が無性に恋しい。
「アメリカさんとイタリアくんが羽根突き大会をしたいそうで。道具は私が用意するのですがね」
アメリカとイタリアの口に特大ハンバーガーをムリヤリ詰め込んで餅で口を接着する様を思い描いて、スイスは卓を叩きそうになる拳をなんとか押さえつける。八つ当たりのようにかまぼこを喰い千切って、温めのお茶で流し込んだ。
くそ、どうして自国でおとなしく正月を過ごせないのだ、あの傍迷惑なお祭り好きどもめ。
「それに、スイスさんが羽根突きをなさるお姿も拝見したいなぁ、と思いまして」
「我輩が?」
「ええ。きっと素敵だろうな、と。そうそう、そもそも羽根突きと申しますのは」
いつのまにやら取り出した板(どうやらラケットのようだ)と派手な羽根のついた黒い玉を持って、日本は滔々と語り出した。スイスはだしまきを頬張りながら、日本の話を謹聴する。
一対一で羽根を羽子板で打ち合う伝統的な競技です。我が国のバドミントンのようなものと申せばお分かりいただけるでしょう。
正月に必ず行われる大勝負でしてね。勝てば幸先の良い一年、負ければケチの付き始め、ということになりますから、誰もが本気の勝ち抜き戦です。
日本男児たるもの、勝負事において無様な敗北を喫することなど許されません。年初めに誇りを賭けた真剣勝負を行うことで、新たな一年に向かうための闘争心・果敢に挑戦する意欲を養うのです。
まさしく武士の国にふさわしい競技なのだな、と感心して、スイスは屠蘇の盃を干す日本を見つめた。黒い瞳を悪戯っぽくくるくるさせて、日本は人差し指を立てる。
「優勝者には豪華お年玉も授与されます。今回は参加者の方々が持ち寄られた品を独り占めという形にさせていただきました。スイスさんの分は私がご用意いたしましたから、ご心配なく」
「ほほう、それは楽しみだな。して、参加者とは?」
「スイスさんを含めて十二人です。なかなか面白い勝負を拝見できそうですね」
火鉢の中の木炭が、パチリと音を立てた。
(後編につづく)
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