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銀星糖

こちらは、キタユメ。様で連載中の「AXIS POWERS ヘタリア」のファンサイトです。二次創作を取り扱っておりますので苦手な方はご注意ください。


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秋夜 (仔日+中+オリキャラ)

オリキャラがかなり出張ります。苦手な方はご注意くださいませ。













【秋夜】

 

桐の葉が秋の声を立てる夜だった。
葉を走らす風が、半ばまで開いた板戸の隙間を抜けて、寝台まで這いこんできた。
首元に差し入った冷気が、小さな身体を震わせる。
風に弄られた髪が額から目許に落ち、密な黒い睫毛をくすぐった。
小さな手が持ち上がり、かかった髪を払う。そのまま、柔い手の甲が目を擦った。
とろりと瞼が開いて、闇よりもなお濃い漆黒が姿を見せる。
日本は布団の中でひとつ伸びをすると、ぐるりと部屋を見回した。



天蓋のついた寝床のほかは、洗顔用の水盤と文机、小さめの衣装櫃くらいしか置かれていない、簡素な室内。
宮殿内で、日本が宿泊用にと宛がわれた部屋だ。



「あれ……?」



たしか、学問所の机で歴史書を読んでいたはずだった。朝廷内の学問所の長官は日本を可愛がってくれていて、所内の日当たりのいい窓際に専用の席を設けてくれたのだ。
書庫の本をどれでも好きなだけ読んでいいとの許可ももらって、今日は朝からずっとそこで本を読んでいて。午後になってから長官にお茶とお菓子をごちそうになって……、そのあとの記憶が、ない。



「ねむってしまったみたいですね……。しまった、まきものに“ふせん”をしてない」



しくじった、と日本はため息をついた。誰かがちゃんと目印を付けておいてくれるといいのだけれど。



絹の羽根布団の中でころん、と寝返りを打つ。しゅるり、と、掛け具の上で何か布のようなものが滑り、床に落ちた。
月光を受けて雪のように白い花崗岩の床に、濃紺の上着が広がっている。



日本は布団の隙間から這い出て、小さな室内履きを履いて床に下りた。布製のそれがあってもなお、冷たく光る石は霜を踏んだようである。
日本のものではない、明らかに大人用の上着を拾い上げると、苦味のある沈香の香りがふうわりと漂った。人が着てくたりとなった布の感触。左の袖口には、絞ったように細かく皺が寄っている。



「中国さんの……」



日本は大きすぎる上着を肩がけに羽織ると、皺の寄った左袖を右手で握った。手に馴染むその感触に、ほう、と息が漏れる。
おそらく彼は、苦笑とともに上着を置いていったに違いない。無理に袖を引き抜けば、眠っている日本が起きてしまうから、と。



「うわぎ、おかえしにいったほうがいいでしょうか…」



月の位置を見るに、まだ宵の口のはずだ。彼の人は仕事を終えて、夕食の支度をしている頃だろうか。そう考えたところで、ぐぅ、と小さくお腹が鳴いた。
日本は衣装櫃の中から自分用の上着を出して袖を通した。石造りの宮殿は深まる秋に包まれて、夜は底冷えがするのだ。室内履きもきちんとした革の靴に替え、両腕で中国の上着を抱えて、日本は寝室から駆け出した。

 

 








部屋を出ていくらも行かぬうちに、日本は華やかに着飾った女性の列と行きあった。高く髷を結って金銀の髪飾りや玉の釵をさした年頃の娘たちが、腰にも届かぬ背丈の子どもを見て顔をほころばせる。



「蓬莱の御子さま、どちらへお出かけですの?」



「今日はもう、お勉強はお済みですの?」



「私たちこれから、宴に陪席させていただくんですのよ。御子さまもご一緒にいかが?」



花や伽羅の香りが染みた色とりどりの袂や錦の裾が、ぐるりと日本を取り囲む。繊手に代わる代わる髪を撫でられ、日本はくすぐったさにぷるぷるとかぶりを振った。鈴を鳴らすような笑い声とともに、皓歯の輝きがこぼれる。太子お抱えの舞姫たちは日本の手を取って、宴席へと誘った。



「あのでも、わたしは、中国さんのところに…」



手を引かれて廊下を曲がりながら、日本はおそるおそる抗弁を試みる。ひんやりした指先を遠慮がちに引くと、美しく紅を引いたいくつもの唇がまた笑みを零した。



「大丈夫、老師様はきっともう宴においでですわ」



「御子さまがいらしたら、お喜びになりますわ」



「そうそう」



紺天鵞絨の上に置かれた銀盆の如き満月で、回廊の床は雪の色をしている。その白さを踏み割って、胡蝶の群れが行進してゆく。羅紗の裳裾は蓬莱の小鳥を帳のように囲んで、秋の夜風にひらひら舞った。

やがて回廊から庭に出ると、高々と聳える楼閣が見えてくる。
高殿の上にはあかあかと、しかし月明かりの風情を損なわぬ程度に篝火が焚かれ、男たちのさざめきが風に乗って聞こえてくる。どうやら、舞姫の到着よりも一足先に酒樽の蓋を開けたものらしい。
裾を踏んだりせぬよう、慎重に階を上る女たちを尻目に、日本は軽快に段を駆け上がった。
席の間を早足で進みながら、さまざまの彫刻を施された玉の器や、虎や貂の毛皮の敷物、聖賢の滴や料理を楽しむ人々の間に、彼の姿を探す。額に手を翳して背伸びをするけれど、居並ぶ人の数があまりに多くて、目的の人物の影すら見当たらない。急に心細くなって、日本は腕の中の上着を抱きしめ、宴席の只中に立ちつくした。



「おう、蓬莱じゃねぇか。どうしたんだ、立ってねぇでこっちに座れよ」



「うわぁ!?」



後ろから突然に袖を引かれて、視界が大きく傾いだ。床との激突を覚悟して目を瞑ったが、その身体は錦の袖に軽々と受け止められる。



「おっとっと。大丈夫かい」



「なんでいきなりひっぱるんですか……」



恨みがましい視線で抗議する日本のふくれた頬をつついて、元服間もないであろう少年は、大きな目をくるくるさせていたずらっぽく笑った。膝の上に日本を抱え込むと、小皿に点心を載せてくれる。



「いやー、暇だったんだよな。詩賦やら音曲やらは苦手だからオッサンたちの話にはついてけねぇし。兄貴主催じゃなきゃ来ねぇとこだぜ」



いちばん上座に着いている一際立派な装束の青年----太子を横目に見、自身も一応は親王という身分を持つはずの彼は酒盃を呷った。牛蒡のササガキと一緒に蒸し鶏を頬張り、酒樽からまた濁り酒を酌む。手の甲で口の端を拭うところなど、間違っても貴族的とは言えぬ不作法さだが、野卑とも見えない。不思議な雰囲気を持つ人物である。以前、学問所の新米官吏に聞かされた噂では、十七の若さで千の食客を抱え、妾の代わりに若い宦官を常に側に置く“変人”らしい。



舞姫の一団がようやく階段を上りきって姿を見せ、宴席の客がそちらに気を取られている隙に、親王は大皿から海蟹を二匹も掠めて、目の前に積み上げた。慣れた手つきで肢を毟り、甲羅を開ける。甲羅に詰まった味噌を匙で掬って口へ運ぶ一方、肢を折って引きずり出した白い身を日本の皿に山盛りにした。



「ほら、早く食えよ。もたもたしてると全部俺が食っちまうぞ」



「はい、でも……」



「どうしたよ、なんか気がかりでもあんのか? その着物か? おい小藍。これ持ってな」



親王は日本の腕から上着を取り、側付きらしい年若い宦官に突き出す。少年が恭しく服を受け取ると、親王は改めて日本に食事をするよう促した。



「食い終わるまで、あいつが預かってるから心配いらねぇだろ。な?」



「はぁ……ありがとう、ございます」



いささか歯切れ悪く礼を言うと、日本は蟹を食べ始める。太い肢にぎっしりと詰まった身は甘い。黒酢と生姜の千切りをつけて食べるのもおいしいのだが、日本は何もつけずに茹で立てをそのままで食べるのが好きだった。山盛りの蟹肉もあっという間に減ってゆく。
親王は湯(タン)を磁器の椀によそってくれながら、まだまだ料理はあるからな、と日本のモグほっぺをつついた。
大きめの肉まんに齧り付きながら、フカの湯を二人でずるずると啜る。舞姫たちが羅紗の領巾を打ち振って舞い踊る舞台をなにとはなしに眺めながら、親王は膝に抱えた日本をきゅっと抱きしめた。



「あー、蓬莱って柔らかくてちょうどいい大きさだよな、ホント。老師殿がいつも膝に乗せたがってるのがなんでだか、よくわかるぜ」



「やめてくださいよ、あなたまで。そうだ、中国さんにうわぎをかえしにきたのに」



「老師殿なら、露台のほうで宰相たちと詩の勝負の真っ最中だぜ? 月を題にしてな」



空になった汁椀を盃に持ち替えて、再び濁り酒をなみなみと酌む。胡麻団子を皿ごと手許に寄せると、親王はキツネ色のそれをポイと口に放り込んだ。むぐむぐと咀嚼しながら、濁り酒に口をつける。その組み合わせはどうなのだろうと、酒を嗜まない日本ですら思うのだが、いっこうに頓着する様子もない。今度は胡桃の菓子に手を出しながら、側付きの宦官のもう一方にむかって顎をしゃくる。



「寿紅、蓬莱にも何か飲み物を持ってきてやれ。……そうだな、こないだお前に飲ませてやったアレがいい」



「かしこまりました、若さま」



小藍よりも幾分か年長の少年は宴席をぐるりと見渡した。そして目的の何かを見つけたらしく、身をかがめてちょこちょこと壁際まで走っていく。日本はふわふわの蒸し菓子を食べながら、何が出てくるのかとそちらのほうへ首を伸ばして眺めやった。
さほどの時を置かずして、寿紅は螺鈿の盆を捧げ持って戻ってきた。玻璃の水差しに、薄い琥珀色の液体がなみなみと湛えられている。親王は盆から水差しを取り上げ、把手のついた金の盃にそれを注いだ。
盃を受け取って、日本はきらきらと光る液体に映る自らの顔をしげしげと見つめる。



「なんですか、これ」



「葡萄っていう果物の汁を熟成させたやつをな、蜂蜜水で割ってあるんだ。うまいぞ」



飲んでみろよ、と勧められるままに、飲料らしいその液体を少し口に含む。蜂蜜の甘さと葡萄のほのかな酸味がちょうど好みの配分だ。おいしいです、と言うと日本はまた盃をクイと傾けた。
寿紅が差し出す小皿から、巴旦杏を練りこんだ焼き菓子を摘む。サクサクした食感と香ばしさが甘い飲み物とよく合って、自然、笑みが零れる。



「気に入ったなら、もっと飲むか? ほら」



上機嫌で水差しを向けてくる親王に盃を差し出して、ありがとうございます、と日本は微笑んだ。









 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 







玉の碁石をばら撒いたような星空を渡って月が南天に架かるころ、中国は清酒に菊の花弁を浮かべて詩句を練っていた。今宵は筆の進みも遅々として、下書き用の紙も試行錯誤の跡がくろぐろと残るばかりである。嘆息して筆を放り出し肩を回せば、隣で清書の紙を巻き終わったらしい宰相も、ぐいと背筋を反らして伸びをした。
露台には菊を植えた大鉢が無数に並べられ、高貴な香りを漂わせている。花の時節には、親族が集まって高所に登り、この花弁を酒に浮かべて宴をするのがならわしなのだ。



楼閣の内に目をやれば、女たちの舞いも佳境のようである。判定役をするはずの太子は両脇に妙齢の美女を侍らせ、江南の銘酒を傾けてご満悦だった。あれでは詩の良し悪しなど判定できまい。真面目に作品を仕上げた宰相には気の毒だが、勝負はお流れだろう。中国はそう断じて、陶の盃をぐいと呷った。立ち上がって、長衣の裾や袖に散った花弁を払う。袖に皺のないことに違和感を覚えてしまう自分がなにやらおかしく思えて、知らず苦笑が漏れた。
と、そこへ。



「老師様、失礼いたします」



鶴のように痩せた一人の老官吏が、足元に跪く。



「何ごとあるか」



「は、実は蓬莱の御子様が宴においでなのですが……」



「日本が? おなか空いて起きてきたあるな」



食事の手配をしておいてやらなかったのは失敗だった。一緒に食事が摂れないときは、いつもなら厨房に一言命じておくのだが、今日はうっかり忘れてしまっていた。
自分も詩作にかまけてまだあまり食べていない。一緒に水餃子でも摘もうと、中国は宴席のうちに日本の姿を探し始めた。
遠慮がちな末弟のことだから隅のあたりにでもいるかと思ったが、見当たらない。どこに居るのかと振り返って聞けば、老官は困惑しきった様子で上座のあたりを指し示した。枯れ枝を思わせる指の先、太子の兄弟一同がずらりと居並ぶその端にちょこんと可愛らしく座った小さな弟を見つけて、中国は急いで駆け寄った。せわしい足音に、日本が顔を上げる。



「あー、ちゅうごくしゃん~~」



ふにゃり、と赤く染まった顔で無邪気に笑う弟を見て、中国は盛大に顔を引き攣らせた。金の盃を慌てて取り上げ、老文官に押し付ける。ああん返してください、と手を伸ばす子供を片手で押しとどめた。それを早く遠くへ持っていけ、と老人を急き立てて追いやると、眉間を指先で揉み解す。
おいしいものを取り上げられて不満げな声を上げた日本だが、抱き上げてやるとくすくす笑いながら襟元に顔を埋めてきた。
逃げようと膝立ちでゴソゴソ後ずさる少年の衣の裾をぎりりと踏んで、中国は尋ねる。



「オイこら孺子(こぞう)、てめーコイツに何飲ませたか」



「白葡萄果汁を熟成させたものを蜂蜜水で割ったやつ」



「酒じゃねーか!!子供に何飲ませてるか、このたわけ!!」



そもそも熟成じゃなくて発酵ある、なに言い換えてるあるか、と怒鳴る中国を前にして、親王はわざとらしく耳を塞ぐ。
日本が酒と気づかずに飲むくらいだからそうとう希釈してあるのだろうが、それでもいくらかの酒精は入っているのだ。量を飲めば酔って当然だろう。火照った頬に手を当てて何杯飲んだあるか、と聞けば、日本はニコニコして紅葉のような手を同じように中国の頬に当てた。



「ちゅうごくしゃんのても、ほっぺも、つめたくてきもちいいれす……」



「日本、そうじゃなくて、」



言い募ろうとしても、蕩けた笑顔を向けてくる弟を見ていると、気力がどんどん抜けてくる。恬淡とした無表情を見慣れているだけに、その落差には驚くばかりだ。嬉しそうに目を細めて甘える日本を抱いたまま、中国はがっくりと膝をついた。親王がその横でケタケタと笑う。
その小憎らしい顔を抓り上げても、悪童は反省する様子もない。



「どうでぇ、こんなカワユ~イ蓬莱なんか、そうそう見れるもんじゃねーだろ? 俺からのちょっとした贈りモンだ」



「クソガキが、ぬけぬけとほざくんじゃねーある」



弟の、絹のような黒髪を撫でながら、今夜幾度目かもわからぬため息をつく。どうやら眠くなってきたらしい日本が、仔犬のような欠伸をした。腕の中でもぞもぞと動き、好みの位置を見つけたようで、そのまま目をとろりとろりとさせはじめる。



「まったく……なんで宴になんか来たあるか。挙句こんな不良に酒なんぞ飲まされて」



「老師殿に上着を返しに来たんだってよー。勝負のお邪魔だと思って、俺が引き止めてやってたんだ」



「てめーに日本で遊ばれるくらいなら、詩作の勝負なんか不戦敗でもかまわんある……」



すぅ、すぅ、と眠り始めた日本に、親王は小藍の捧げ持っていた上着を広げて掛けた。
安心しきった穏やかな寝顔を覗き込むと、指先で口元に付いた菓子屑を拭う。むにゅ、と唇をつつく悪戯をして、可愛いなぁ、と呟いた。



「酔うと素直になる性質なんだな、こいつ」



「は………?」



目を見開く中国を見て口の端を歪めると、キシシ、とお世辞にも士人らしいとは言えない笑声を上げる。



「最近、あんた忙しいだろ? 親父殿は寝込みがちだし、兄貴たちは紅灯緑酒が大好きだ。貴族たちは勢力争いと蓄財に必死でさ」



常の不真面目さを微塵も含まぬひそめた声音。相変わらず小賢しい笑みを形作ったいまだ幼げな紅顔は、しかし確かに千の食客を抱えるだけの貫禄を備えていた。



「我の苦労がわかるなら、せめて兄どもの分だけでもお前が働くよろし」



「そう思ってるさ、けど権限がねぇからよ」



だから、伴天星を飛び回らせて道行きを占ってたところなのさ。親王は傍らに佇立する二人の宦官を視線で示す。小藍と寿紅はすました表情で一礼した。改めてよく見れば、後宮に頻りに出入りしている者たちである。親王の手先だとは知らなかった。
しかし、何のために親王付きの宦官が後宮に入り浸る必要があるのか。それに気づいて、中国は息を漏らした。
皇族や妃嬪たちの私生活に仕える宦官たちは、官僚や貴族とはまた違う独自の情報網を持っている。そして、利己心が強く賄賂に弱い者がたいそう多いのだ。



「おい、まさかお前、」



「(そういうわけだからサ、近いうちにまた贈り物をしてやるよ。酒嚢飯袋を一挙に燃やせるような、とびきりのネタをな。そのせいでまた忙しくなるだろうが、今夜の蓬莱のかわゆい寝顔に免じて許してくれよ)」



唇の動きだけでそう言って、親王は席を立つ。



「じゃーな、老師殿。また今度、蓬莱も連れて舟遊びにでも行こうぜー」



いかにも酔ったふうを装って二人の宦官の肩を借り、太子に辞去の挨拶もせずに楼閣の階を降りていく後姿を呆然と見送って、中国はしばらくの間、そこから動けなかった。



「むにゃ……ちゅうごくしゃん……?」



眠たげな声に呼ばれて我に返る。見渡せばそこは先と変わらぬ華やかな宴会場で、楽しげなざわめきが途切れることなく響いていた。胸に抱いた日本が不思議そうに見上げてくる。潤んだ目と赤らんだ頬が、まだ酒精の抜けていないことを如実に物語っている。胸元にすがりつく小さな手も、常よりも温度が高かった。



「日本、もう寝るよろし。兄が部屋まで送ってやるから」



「ちゅうごくさんも、いっしょにねてくれますか?」



「わかったわかった、一緒に寝るある」



再びうつらうつらとし始めた日本を抱いたまま、中国は太子に簡単な挨拶をして宴を辞去した。
楼閣を出て足早に回廊を進みながら、あのふてぶてしい末の親王を思い出す。一通りの遣り取りを反芻したところで、中国ははたと思い当たり、歩みを止めた。



「まさかあの小孩児、我を呼び出すために日本に酒飲ませたあるか……?」



秋の夜風が強さを増して、回廊を駆け抜けていく。ぞくりと背筋が冷たくなったのは、そのせいだけか、それとも。
中国は喉を鳴らして、かつて幾度か経験したこの戦慄を受け止めた。



(ああ、あのガキが位を継ぐのなら、もうしばらくは天命も改まらずに済むかもしれねーあるな)



ひとまずは、近いうちに来るであろう舟遊びの誘いを、楽しみに待つことにしよう。
そう決めて、中国は知らず軽くなる足音を響かせて廊下を曲がる。自室はもう目と鼻の先だった。

 







斗ほどもある無数の星々がぎらぎらと輝く夜空を辿って、月だけがひとつ、くろぐろとした林の中へ墜ちていこうとしている。淡く白く思える儚いその光は、しかし刃物の鋭さをもって闇を切り裂き、宮殿のすみずみまで降り注いでいた。
雲が乱れ揺れて、天に満ちた風に吹き散らされてゆく。澄んだ秋の夜空のもと、白菊がただ一輪、満月と向かい合っていた。

 







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オリキャラが出張りすぎて、申し訳ありません……。
日本を酔わせてみたい+仔日が書きたい=こんなことに。
時代は特定しないでおこうと思います。ま、少なくとも隋唐よりは前ということで。



【柚本本舗】さまで酔っ払い島国を拝見したときから、ずっと日本を酔わせてみたかったんですが、大人日本は普通に酒を嗜みそうな感じがしたので、時代を遡ってみました。

 




【語句】
・紅灯緑酒……歓楽街の華やかな灯りと、緑色に澄んだ上等の酒。繁華街や歓楽街を言い、また歓楽と飽食に明け暮れることを言う。
・酒嚢飯袋……酒を入れる皮袋と、ご飯を入れるお櫃。転じて、大酒を飲み、飯をたらふく食べるだけの無能な人物を言う。




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