日と普





 

 

炬燵の天板に置かれたノートパソコンから十数度目の爆発音が響く。
ぐあ、とカルガモのような声を上げてのけぞる銀髪の男を横目に、日本は三つ目の蜜柑を手に取った。

「まァたやっちまった！　あーくそ、見落としてたなぁ、ここの２をよぉ」

爆発させずにすべての地雷を見つけ出すという、シンプルなゲームを一時間続けている彼。
数字のつくゲームを好むようで、世界会議中にはナンバープレイスやループコースに興じているのをよく見る。今回の滞在でも冊子を持ち込んできたものの、この三日ですでにやり尽くしてしまったらしい。暇だ暇だとぽちくんをいじり回すため、ノートパソコンを貸したのだが、プリインストールされているゲームが大ヒットしたようである。
ちょうど剥き終って丁寧にわたを取り除かれた蜜柑の房を、白く長い指がさっと掠め取る。うめぇ、唸って、プロイセンはコンティニューのボタンをクリックした。

「なー、誰だ、この19秒って最短記録」

はて、このパソコンをよく使う方と言えば、と日本は思考をめぐらす。

「おそらくは、韓国さん……、ですね。アメリカくんは最近Wii Fitばかりですし、他の方はそんなにお使いになりませんから」

書類作成の任を最新型に譲った旧型ノートは、あとは町内のご隠居にパソコンを教えるときくらいにしか出番がない。

「まじか、アイツ。俺様まだ30秒切れねぇってのに」

青いブロックをポチポチと潰し、地雷のあるブロックには旗を立てて。手際よく進められていく作業を、日本は横から覗き込んだ。

「あまりやったことがないのですが、どういうルールなんですかコレ」

「ん？　ああ、この数字を中心に置いた九マスの中に、地雷がいくつあるかが示されてんだよ」

この１は地雷が一個、２なら二個だ。
マウスポインタをくるくる回して、範囲が示される。

「なるほど、ここの１、塞がっているのが左上だけだから、このブロックは地雷」

「そうそう、そんな感じで。周りの数字もよく見てないとうっかり踏んじまうこともあるしよー、どっちに埋まってるか運次第ってこともあるし、なかなかおもしれぇ」

やってみるか？　との問いけかに、ふむ、と日本は頷いて、残りの蜜柑を口に含む。そろそろ夕飯の買い物がてら、ぽちくんの散歩に行かなければならない時刻である。今日は牛肉が安い日のはず、牛肉コロッケがいいだろうか。

「そうですね、では夕飯の後にでも」

「えー」

返答がお気に召さないようだ。プロイセンは上目遣いに日本をにらむ。

「ちぇっちぇー。せっかく俺様オススメしてやってんのに」

ボケ防止の脳トレにもいいと思ったのによー。
むくれた様子で付け足された言葉に合わせて、日本の脳裏には地雷の爆発音が響いたような気がした。

「プロイセンくん。今日はじゃがいもはお休みにしましょうね。たしかスーパーでブリも安売りしていたはずです、お夕飯はブリ大根にします」

「えー！　俺サカナ好きじゃねぇ。肉じゃがとかコロッケがいい！」

「おやいけませんね、魚を食べると頭が良くなるんですよ。ついでに今日は休肝日にして、ビールもやめておきましょうね」

死んだ目に口元だけの笑みを浮かべたまま、日本はよっこらせ、と炬燵から立ち上がる。丹前を脱ぎ、外出用の羽織を衣紋掛けから下ろして羽織ると、ぽちくんがリードをくわえて足元に寄ってくる。

「じゃ、スーパーに行ってきます。お留守番お願いしますね」

襖を開けると、台所の冷たい空気が茶の間に流れ込んでくる。財布と携帯電話、風呂敷を袂にしまい、耳あてと手袋を着けて草履を履いた。

「待てって、おい、どれが地雷だったんだよ？！　ごめんビール抜きは勘弁しろ！」

どたどたと駆け寄る青年の額をチョンと人差し指でつつく。けっこうなスピードで突っ込んできたためか、それだけでも痛かったようで、プロイセンはまたカモのように「ぐあっ」と鳴いた。

「ご自分の発言を、よぅく思い出してごらんなさい」

はてなマークを浮かべながら額を押さえるプロイセンに、日本は言う。スンスンしている銀髪の間に垂れた犬耳が見えるのは幻だろうか。

「わたくし日本、年は取っても、まだまだ耄碌してはおりませんよ」


夕食後に皿洗いをしてくれるなら、まぁ、今日は牛肉コロッケでもいいかもしれない。

-----------------------------------------------------------------


リハビリ的に。
日本とプロイセンは何気にお初のコンビですね