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銀星糖

こちらは、キタユメ。様で連載中の「AXIS POWERS ヘタリア」のファンサイトです。二次創作を取り扱っておりますので苦手な方はご注意ください。


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大英帝国の流儀 3

イギリスと戦争とは。



オリキャラにご注意願います。















 


翌朝、テムズ河畔の船宿通りにイギリスの姿があった。木箱や樽を担ぎ、あるいは荷車に載せて行き交う船員たちや、彼らを相手に商売する者たちの喧騒が引きもきらない。
そんな猥雑な雰囲気の場所に上等の外套は明らかに浮いていたが、彼は気にも留めずに粗末な木の扉を押し開ける。錆びた蝶番の声に目が覚めたのか、帳場のカウンターにつっぷした中年の女性が気だるげに頭をもたげた。



「ああ、坊ちゃん、ご無沙汰でしたねぇ」



「Good morning, マダム。親分はいるかい? 会う約束をしてるんだが」



胸が悪くなりそうな薬湯の臭いに気づかないふりをしながら、イギリスは来意を告げた。マダムはスツールをガタガタさせて立ち上がると、すぐ後ろにある階段下の扉を叩く。



「あんた、お客さんだよ! 坊ちゃんが来たよ!」



返事が返るのを待たずにイギリスは帳場に入り、その扉を開ける。階段の下の空きスペースに家具を詰め込んだ狭い部屋だ。斜めになった天井を、イギリスの髪がかすめる。小さな窓の下には低い寝台がひとつ。案の定、キャプテン・ブラックはその上で酒瓶を抱きしめて夢の中だった。小柄な身体をちんまり丸めて、幸せそうな寝息を立てている。
イギリスは一つため息をついて、マダムを振り返った。心得顔で、彼女は用意していたものを差し出す。盆に載せられているのは、一本のストローと、水の入ったグラスだ。
イギリスはストローをグラスに差し込むと、船長の耳元に近づける。そしてその状態で、ストローに息を吹き込み始めた。



ぶくぶくぶくぶくぶく。



「……ん…………うぅ……」



船長の顔が歪み始め、手足が緊張しはじめる。



ぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶく。



「……うーん、んー、んー…………」



額には脂汗がにじみ、日焼けで赤いはずの船長の顔は、ロンドン塔に出るという幽霊のごとく青白くなってきた。そこだけ紳士然と整えられたヒゲがビクビクと動く。



ぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶく。



「…………ぉ助けぇぇ、神様!! オレぁ泳げねぇんだよーーーーぉぉ、おおおっ?!」



「おはよう、マイケル。いい朝だな」



海賊にしてはあまりに情けない悲鳴を上げて飛び起きた“かなづちマイケル”に目覚めの水を差し出して、イギリスは言った。



「食堂で待っててやるから、身じまいをしてさっさと来い」



「ひっ、ヒデェぜ坊ちゃん! こんな起こし方もうしねぇって、こないだ言っただろ!?」



「お前が約束の時間に間に合うなら、という条件付きでだったなぁ」



イギリスは下町の悪ガキそのままの笑みをひとつ投げて、部屋をあとにした。ここの食堂に来るのも久々だ。料理長のヒューは元気だろうか。帳場を出て右の廊下からベーコンかウインナーを焼いているいい匂いが漂ってくる。出掛けにオートミールを食べてきていたが、カリカリのベーコンや皮が弾けそうなウインナーを想像するとまた腹が空いてきてしまう。
イギリスは、とりあえずキャプテン・ブラックに付き合って二度目の朝食といくか、と決めた。

 









ライ麦パンとポーチドエッグ、香草のサラダ、ベリーのソースがかかったヨーグルト。マッシュルームのソテーに、厚切りのハム。湯気を上げるホットミルク。
真っ白いテーブルクロスの上に並んだ料理を挟んで向かい合ったイギリスとキャプテン・ブラックは、アップルジュースのグラスでまずは乾杯した。二人で食事をするときの、決まりごとみたいなものだ。
隣のベーカリーから仕入れている焼き立てに、真っ白なバターをたっぷり塗り、そこにはちみつを一たらし。一口齧ると、甘味とともに幸せが口いっぱいに広がる。頬を緩めたイギリスを見て、ヒューが苦笑した。



「坊ちゃん、顔が溶けてますよ。喜んでもらえるのは嬉しいけど、普段の食生活が心配になってきますねぇ」



「お城のパンとそんなに味が違うのかい?」



「…………最近忙しくて、ロクなもん喰ってなかったんだよ」



よく焼けたハムに塩を振って、ナイフを入れる。焼くときに何か隠し味でも仕込んでいるのか、ここのハムは絶品中の絶品なのだ。思わず仕事の話もどこかへ飛んでいきそうになる。



こんなにうまいハムがロンドンで食べられるのも、ブラック家が経営するこの船宿だけだった。以前は外洋でスペイン船を襲っていた船長は、今はブリテン島周辺をくまなく廻る海運業を営んでいる。海賊たちの一大根拠地・西南イングランドに荷揚げされる略奪品を他地域の港に運び、田舎貴族たちに売る。各地の港で仕入れた品々はロンドンで売る。このハムもそうやって運ばれてきたものだ。
跡取り息子はアントワープまでの定期船に乗って、貿易に携わっている。次男は役人になり、そして三男はここの料理長になっていた。



だいぶ日が昇った今の時間、客はいない。場末の船宿はこれからしばらくの間が、一日で一番静かな時間だ。
マッシュルームとウインナーをパンに挟んで頬張っているブラック船長の横に椅子を引っ張ってきて、ヒューはハムにうっとりしているイギリスをせっついた。



「それで坊ちゃん、こんな明るいうちからいらっしゃるなんて珍しいじゃないですか。どんな御用なんですか今回は」



「あ? ああ、そうだったな。仕事で来たんだった」



言いながらも、イギリスのフォークとナイフは止まらない。視線は料理のほうだけにロックオンされ、サラダとソテーを代わる代わる咀嚼する口元にはドレッシングの油が光っている。結局、卓上の皿がすっかり空くまで、船長と料理長はイギリスの食べっぷりを黙って眺めていた。

 







「待たせたな。それで、仕事の話なんだが」



「へいへい、お待ちしましたよ。今度はどんな話なんだ?」



皿を下げに来た見習いを手早く追い払うと、キャプテンは二杯目のジュースをイギリスのグラスに注いだ。暢気な口調とは裏腹に、金儲け色の瞳はギラギラと輝いている。
イギリスは鞄から皮袋を取り出して、テーブルに置いた。ウォルシンガム卿から渡された金だ。その重たげな音に、ブラック船長とヒューが息を呑む。



「近々、といっても二年ほど先になると思うが、スペインと戦争になる」



「何だって?! それで?!」



「お前たち海賊の力が必要だ」



「……なんだってするぜ、言ってくんな坊ちゃん」



身を乗り出したキャプテンの重みで、テーブルが軋む。最前とは違う種類の目の輝きをじっくり確かめて、イギリスは口を開いた。



「これから話すことは国家機密だ。絶対に外国に洩らすわけにはいかない。肝に銘じてくれ」



「女王陛下に誓って」



「よし。では本題だ。海軍の船が足りなくて困っている。戦力不足を補うために、お前たちも一緒に戦ってほしい」



テムズを渡っていく風が、窓をガタガタと揺らす。誰かの喉が鳴る音を、イギリスは意識の隅で聞いた。



「本来なら主だった海賊の船長たちを一人一人訪ねるべきなんだが、仕事が山積していて、そうもいかない。だから、信用できる人物からみんなに話を回してもらいたいんだ。その金は、そのための活動資金として遣ってくれ。足りないならまた用意させる」



それだけ言って、イギリスはブラックを正面から見据えた。ヒゲを一撫でして、船長は笑みを浮かべた。皮袋をイギリスに投げ返す。小さいが日に焼けた骨太の手で、キャプテン・ブラックはイギリスの金髪をくしゃくしゃにかきまぜた。とっておきの冒険に向かう子どものような笑顔だった。



「いらねぇよ、金なんて。女王陛下と坊ちゃんがオレを頼ってくれた、それだけで十分だ」

 

 



 

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キャプテン・ブラックは歴史には登場しませんが、こんな海賊たちがいっぱいいたんだろうな、という妄想から生まれてきました。
【女王朝の船乗り(エリザベーサン・シーメン)】といって、海賊たちがイギリス軍に参加して戦ったのは史実です。総司令官エフィンガム公を補佐した海賊提督ドレイクは有名ですよね。最後のほうでちょこっと登場させる予定です。




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