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銀星糖

こちらは、キタユメ。様で連載中の「AXIS POWERS ヘタリア」のファンサイトです。二次創作を取り扱っておりますので苦手な方はご注意ください。


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中国とイギリス  1830年代くらい













 


「だいたい、お前たちは我が家の需要についての調査が足らんある」



商館の一室で長椅子に腰掛け、上品なしぐさで茶を啜りながら中国はそう言った。テーブルの上に投げ出された紙には欧州から運んできた品々の取引に関することが記されているが、中味はといえば、西洋趣味の商人や富豪の蒐集する、時計やらオルゴールやら、少数の書籍、あるいは洋酒や葉巻などだった。これでは到底、大量の紅茶との釣り合いが取れない。輸入超過で、こちらの懐が寒くなるばかりだ。



「じゃあ、中国は何が欲しいんだ? 言ってくれれば調達してくるぞ」



「そう言われても、我の持ってない物などそうあるものでもないね。今のところ綿織物も自国のもので足りるある。わざわざ英国から買わずとも」



馥郁たる香りの茶が杯に注ぎ足される。フランス窓の向こうには、よく晴れた青空と賑やかな広州の街並みが広がっている。少し高くなった土地に置かれたこの館は、中国の御用商人が西洋人相手の商売を始める際に建てたものだ。



「そう海に出ることもないから鉄の船も要るナイし、武器弾薬もそうね。毛織物なんぞは北部に行けば大量にあるし……。ま、何か面白いものがほかにあれば買わせてもらうあるから、持ってくるよろし」



欲しいものが特にないとは。日が沈まぬ大英帝国に向かってよくも言えたものだ。だが、事実は事実と認めねばなるまい。実際、この古き大国はアジアの雄として何千年も君臨しているのだ。その文明の威光を以って周辺国を従えながら。イギリス本国の何十倍もの国土は気候の変化に富み、数限りない宝を隠している。
イギリスはため息を押し殺した。悠然と座る中国とは違って、こちらは欲しいものばかりだ。この部屋の中だけでも、絹織物、陶磁器、香辛料、香木、そして茶葉。茶の木がどんなもので、どこに生えているのかが分かれば、そしてそれがイギリスの領土内で栽培できるのならば、こんな黄色人種の国に下手に出る必要はないのだが。
そもそも他国に見下されるなど、実に久々だったのだ。しかも相手はイエローで、もちろん異教徒である。アジアの一大帝国に対して最低限度の敬意くらい払ってやってもかまわないと思ってやって来たところに、『朝貢に来たあるか?』ときたもんだ。おまけにこちらの呼び名は洋鬼子だったか西戎だか南蛮だか、いや色目人だったか?とにかくそんなものだった。そのあまりにもナチュラルな見下しっぷりに、しばらくは開いた口が塞がらなかった。
今でこそ【英国】なる呼び名がついて、こうして国の化身同士が顔を合わせるようにもなったが、朝貢貿易と対等な関係での貿易との区別を中国側が完全に理解しているかどうかは疑わしい。近いうちに何か対策を講じなければなるまい。そう結論を出して、イギリスは出されたジャスミンティーの杯に手を伸ばした。爽やかな甘味のある茶は最高級らしく、やはり美味である。



コツ、コツ、と。マホガニーの扉を叩く音がする。茶器を置いた中国は椅子にゆったりと掛けたまま、傲然たる態度で命じた。



「入るよろし」



「失礼いたします」



扉を開けたのは、繻子の袍を着た小柄な男だ。朝廷の典礼やらを司る省庁の役人らしいが、どうして貿易の場に随行してきたのかはわからない。いかにも小賢しげな目つきをしたその男は身をこごめて部屋に入り、中国の足元に平伏した。両の手に上等の文箱を捧げ持っている。



「ただいま入港いたしましたる定期商船が、日本よりの書簡を携えて参りましてございます」



「日本から?!」



リーベンとは聞き覚えのない国名だが、どこか中国の周辺の小国だろう。艶のある漆黒の文箱には、金や銀で繊細な紋様が施してある。あんな感じのものを、以前どこかで見た覚えがある。スペインかポルトガルのどちらかが、大層大切にしていたはずだ。めっちゃかわええ子にもろたんや、と。名前はヤパンだったか、ハポンだったか。
それにしても、中国はそのリーベンなる弟妹を随分と可愛がっているらしい。とろけた表情を見ればよくわかる。おそらく目に入れても痛くないのだろう。喜色満面とはまさに今の彼の顔だ。



「英国、今日は夕餉を用意させるあるから、食っていくよろし。日本から干し鮑がいっぱい届いたある」



ほら、と漢字ばかりが並ぶ紙を指されても、皆目わからない。だがこの国の料理はなかなか面白いので、相伴に与ることにした。聞けば、干し鮑とは貝の一種を干したもので、こちらでは高級食材らしい。



「リーベンってのは、冊封国のひとつか?」



「我の自慢の弟ある。できたやつあるよ」



中国は本当に自慢げに笑って、それ以上話してはくれなかった。

 

 






それから二十年ほど後のこと、イギリスは彼の弟と対面することになる。
中国と同じ漆黒の髪と目をした物静かな風情の少年はアメリカが紹介したイギリスをまっすぐに見つめて、あなたですか、と呟いた。ほんの一瞬、その黒い瞳を過ぎった焔は、しかしたちまちのうちに姿を隠した。彼は熱のない、底の知れない瞳を大儀そうに伏せて無表情に一礼した。腰に佩いた長い刀剣の鍔が鳴り、イギリスはふいに寒気を覚えたものだ。彼の隣で屈託なく笑っていられるアメリカが信じられなかった。

 







あれから少なからぬ時が経った。しかしイギリスは、ふとした拍子にあの怖ろしい感覚を思い出すことがある。



あなたですか。



あまりに簡潔であるがゆえ、針のように心を苛む、それは日本からイギリスへの最初の言葉。








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英中の貿易摩擦→阿片戦争→日本開国 あたりだと思っておいてください。



作中に出てくるリーベン、ヤパン、ハポンは、すべて日本のことです。
安土桃山時代に欧州各国の船が日本に来ていたはずですが、イギリスはそう大して日本に興味なかっただろうと思われるので、日本開国のあたりが初対面だっただろうと勝手に決めました。



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